SIPトランクとは?

SIPを電話回線とつなぐ中核「SIPトランク」
SIPをご理解いただいている皆様にとって、SIPは通話やマルチメディアセッションを確立、変更、終了するためのアプリケーション層の制御(シグナリング)プロトコルである、という認識があるかと思います。SIPは、通信を行いたい二つのエンドポイント(ユーザーエージェント)が、お互いの居場所を確認し、どのようなメディア(音声、ビデオなど)で通信するかを合意できるようにする役割を担います。つまりSIP技術そのものは、スマホのアプリ通話やビデオ会議などにも活用される技術であり、電話番号・電話回線とつなげるためには、SIPトランクを活用することが重要なポイントとなります。
通信環境の大きな変化
SIPトランクの重要性を理解する上で、日本の通信環境の現状は不可欠です。現在、私たちは通信インフラの大きな転換期にいます。
大手キャリアが、メタル回線(銅線)を利用した加入電話サービスを、設備の老朽化と利用減少を理由に、2035年頃に終了する方針を打ち出しています。
この流れは、企業が従来のTDM(Time-Division Multiplexing)ベースの通信インフラから、IPベースの通信インフラへと完全に移行しなければいけないことを意味します。企業通信のIP化・クラウド化を進める上で、SIPトランクは必須のインフラとなります。
固定番号の双方向ポータビリティの実現
従来のPBXからIP-PBXやクラウドPBXへ移行する際の大きな障壁となっていたのが「電話番号の維持」です。しかし、2025年1月より、NTT東西のひかり電話番号やKDDI、その他の事業者の指定番号を含む固定番号の双方向番号ポータビリティ(番ポ)が可能になりました。
これにより、0ABJ、0120、0800などの既存の代表番号をそのままIP回線(SIPトランク)に切り替えることが可能となり、クラウドPBXやCTI(Computer Telephony Integration)の導入に伴うビジネス上のリスク(番号変更による顧客への周知コストや機会損失)が大幅に軽減されました。
SIPトランクとは?従来の「トランク」との違い
従来の「トランク」の概念(PBX経験者向け)
PBXを導入された経験のある方は「トランク」とは、複数の通話(チャネル)を同時に運ぶことができる幹線(基幹回線)を意味することはご存知のかと思います。
従来の公衆交換電話網(PSTN)/PBXの世界では、電話会社のセントラルオフィスとエンドユーザー宅を結ぶ「ローカルループ(一般回線)」が1通話専用であったのに対し、セントラルオフィス間やPBXと電話網の間を結ぶ「トランク」は、TDM技術(PRI:Primary Rate Interfaceなど)を用いて、複数の同時通話を可能にしていました。
SIPトランクの定義:仮想化された幹線
SIPトランクは、この従来の「トランク」の機能をIPネットワーク上に仮想的に実現したものです。
IPトランクは、VoIP(Voice over Internet Protocol)技術とSIPプロトコルに基づいており、企業のIP-PBX(SIPベースの構内交換機)と、公衆電話網(PSTN)へ接続を提供するインターネット電話サービスプロバイダ(ITSP)のサーバーとの間に、インターネット接続を介して設定される「仮想的な接続チャネル」といえるものです。
SIPトランクは、音声データをデータパケットに変換してインターネット経由で伝送することで、複数の通話を同時に流すことができる仮想的なケーブルとして機能します。
SIPトランクが解決する従来の課題
SIPトランクは、従来のPRIやTDM回線が抱えていた物理的な制約を解消します。
| 通信方式の種類 | 従来のPRI/TDM | SIPトランク |
|---|---|---|
| チャネル数 | 物理で固定(23B/30B) | 1チャネル単位等で柔軟に増減 |
| 増設 | 工事前提で時間・費用が大きい | 設定変更中心で迅速 |
| 経路 | 専用線中心 | 閉域網/インターネットいずれも可 |
| 連携 | 回線側と疎結合 | クラウド/CTI等とのAPI連携が容易 |
SIPトランクは、IPネットワークが提供する柔軟性と効率性を最大限に活用することで、現代の企業通信に最適な基盤を提供します。
SIPトランクの動作原理とアーキテクチャ
SIPトランクは、企業のIP-PBX(プライベートドメイン)と、キャリアのSIPサーバー(パブリックドメイン)を接続する境界線として機能します。
SIPトランクのアーキテクチャ:ドメインと境界
SIPトランキングのネットワーク構成は、主に2つの専門領域(ドメイン)に区分されます。
プライベートドメイン(Private Domain)
企業側の領域です。ここでは、IP-PBXやユニファイドコミュニケーションサーバー、内線電話などが運用されています。
パブリックドメイン(Public Domain)
キャリア側の領域です。公衆電話網(PSTN)や公衆移動通信網(PLMN)へのアクセスを管理し、規制当局の法的な義務(トラフィック追跡、ユーザー識別、適法な傍受メカニズムの実施など)を負います。
SIPトランクは、これら二つのドメインを接続する役割を果たします。この相互接続はIP(Internet Protocol)上で実行され、通信に必要なSIPパラメータ(URL、IPアドレス、コーデックなど)が定義されます。
SIPシグナリングの流れ(通話確立のプロセス)
SIPトランクは、通話の確立、変更、終了というセッションのライフサイクル全体を制御するために、SIPプロトコルの各種メソッド(INVITE, ACK, BYEなど)と応答(1xx, 2xx, 3xxなど)を使用します。
PBX経験者にとって、SIPトランク経由の通話確立は、次のステップで進行します。
1. 発信(INVITE)
発信者側のIP電話機(UAC: User Agent Client)が、通話先のSIP URIを含むINVITEリクエストをIP-PBXに送ります。
IP-PBXは、SIPトランクの設定に基づき、キャリア側のSIPプロキシサーバーへINVITEを転送します。
INVITEには、通話のメディア特性(使用したいコーデック、IPアドレス、ポート番号など)を記述したSDP(Session Description Protocol)の「オファー」が含まれます。
2.ルーティングと応答(Trying / Ringing)
キャリアのプロキシサーバーは、発信先の位置情報(IPアドレスなど)を特定し、着信側の電話機へINVITEをルーティングします。
プロキシサーバーは、処理開始を示す100 Tryingを返信し、着信側が呼び出されている間は180 Ringing(リンバックトーンを生成させるための情報)を返します。
3. セッションの確立(200 OK / ACK)
着信側が受話器を上げると、200 OK応答が返送されます。この応答には、着信側が合意したメディア特性(SDPの「アンサー」)が含まれています。
発信側は200 OKを受信し、メディアセッションの確立を承認するためにACK(確認応答)を送信します。
ACKの送信後、SIPシグナリングとは別に、音声データ自体はRTP(Real-time Transport Protocol)を用いて、エンドポイント間で直接IPパケットとして交換されます。
4. セッションの終了(BYE)
通話が終了する際、先に終話する側がBYEリクエストを送信し、相手側からの200 OK応答によりセッションが正式に終了します。
SIPプロキシサーバーは、ルーティングのほかに、ユーザー認証や認可、通話ポリシーの適用、フォーキング(複数の終端に同時に呼び出しを行う)などの重要な機能を担っています。
SIPトランクのビジネス上の主要なメリット(総務・営業担当者視点)
SIPトランクは、単なるIP接続ではなく、企業経営と営業活動に直結する以下のメリットを提供します。
決定的なコスト効率と柔軟性
秒課金と通話料の劇的な削減
SIP通話の料金は、従来の固定電話回線よりも安価です。さらに、多くのSIPトランクプロバイダ(例:LIPSE)は、秒単位で通話料を計算する「秒課金」サービスを提供しており、通話時間に基づく厳密なコスト管理と通話料の削減が期待できます。
また、長距離通話や国際通話のコストも大幅に削減または撤廃されることが一般的です。
柔軟なチャネル拡張と契約自由度
SIPトランクは仮想的なチャネルであるため、ビジネスの需要に応じて、必要な同時通話チャネル数を柔軟に増減できます。コールセンターやキャンペーン時期など、一時的に通話量が急増する場合でも、迅速にチャネル数を増やし、終了後に削減することが容易です。従来のPRIのように、物理回線増設に伴う時間やコストの制約を受けません。
運用・事業継続性の向上
場所を問わないリモートオフィスとテレワーク対応
SIPトランクと仮想PBX(クラウドPBX)はインターネットを介して接続されるため、従業員は、世界中のどこからでもインターネット接続があれば、オフィスと同じ電話番号と内線機能を利用して通話が可能です。これは、テレワーク(在宅勤務)や遠隔拠点間の内線化を可能にし、働き方の柔軟性を劇的に高めます。
事業継続計画(BCP)と高い安定性
SIPトランクは物理的なケーブルに依存しないため、電気的な故障や回線断の影響を受けにくいという特徴があります。
さらに、IP電話機は、万が一プロバイダ側の障害やインターネット接続の問題が発生した場合に、別のデータ回線へ通話を自動的に転送(ダイバート)する設定が可能なため、高いレベルの安定性を確保できます。プロバイダによっては、万が一の障害時に備えた冗長化サービス(バックアップ回線)を提供しています。
企業システムとの統合(CTI/CRM連携)
SIPトランクはIPベースであるため、IP-PBXや仮想交換機を介して、CRM(顧客関係管理)、ERP(統合基幹業務システム)、コールセンターソフトウェアなど、他の企業アプリケーションとの統合が容易です。これにより、顧客情報に基づいた高度な電話対応や、自動ダイヤリングなどの機能を実現できます。CTI(Computer Telephony Integration)ベンダーやCloud PBXベンダーは、SIPトランクを組み込んだソリューションを商材として提供しています。
SIPトランクの導入と技術的検討事項
SIPトランクの導入を進めるにあたり、PBX導入経験者として注意すべき技術的、契約的な検討事項があります。
導入の前提条件(ハードウェアとネットワーク)
SIPトランクを利用するには、以下の要素が必要です。
IP対応交換機/仮想PBX
SIPプロトコルに対応したPBX(IP-PBXまたはクラウドPBX)が必要です。従来のレガシーPBXを使用している場合は、IPゲートウェイを介して接続するか、IP-PBXへ移行する必要があります。
高品質なインターネット回線
音声品質を確保するため、高帯域幅で安定したインターネット接続が不可欠です。音声パケットの遅延や欠落は通話品質に直結します。
VoIP対応電話機
IP技術をサポートする電話機が必要です。
キャリア選択とSIPトランクの種類
SIPトランクプロバイダ(ITSP)を選定する際、プロバイダがサポートするSIPトランクの種類と、自社のPBXがサポートする種類を一致させる必要があります。
SIPトランクの接続方式には、主に以下の2種類があります。
IPアドレス認証(IPベース):
IP-PBXの固定IPアドレスまたはFQDN(Fully Qualified Domain Name)をキャリア側で設定し、そのアドレスからの通信を信頼して認証情報なしで接続する方式です。
設定は比較的シンプルですが、複数のWAN接続を使用する構成では複雑な問題が発生することがあります。
レジストレーション認証(Registrationベース)
IP-PBXがキャリアサーバーに対し、SIPプロトコルのREGISTERメソッドを使用して、ユーザー情報と現在地(Contactアドレス)を登録し、認証・認可を得る方式です。
認証情報(ユーザー名、パスワードなど)が必要でIPベースより設定が複雑になることがありますが、動的なIPアドレス環境やマルチWAN環境でも問題なく機能します。
SIPトランクのプロバイダによっては、複数のキャリア(回線種別)を組み合わせて提供している場合もあります。これにより、顧客の要件(料金、納期、提供番号帯など)に合わせた提案が可能になります。
セキュリティと安定運用
SIPトランクはインターネットを介するため、セキュリティ対策は必須です。SIPトランキングのアーキテクチャでは、SBC(Session Border Controller)と呼ばれるネットワーク境界要素が、パブリックドメインとプライベートドメインを分離し、適切なセキュリティポリシーを実装する役割を担います。 SIP自体も認証(Digest認証など)、暗号化(TLS/SIPS URIなど)、完全性保護などのセキュリティサービスを提供していますが、SBCの導入は、企業ネットワークを外部の脅威から守る上で重要です。
Q&A:総務・営業担当者のための実務知識
まとめ
SIPトランクは、SIPプロトコルとVoIP技術を基盤とした、企業向けの仮想的な電話接続幹線です。従来のTDMトランクに代わり、コスト効率、柔軟な拡張性、テレワーク対応など、現代のビジネスに不可欠なメリットを提供します。
2025年10月現在、日本の固定電話網のIP化、そして番号ポータビリティの進展は、SIPトランクへの移行を強く後押ししています。PBX導入経験者として、SIPトランクの導入は、単なる通信コストの削減に留まらず、企業の通信基盤を将来にわたって柔軟かつ強靭にするための戦略的な一歩となります。
総務省が公表した情報通信白書(令和7年版)などの最新動向からも、デジタル基盤としてのICTの重要性が高まっており、IPネットワークとSIPトランクの役割は今後さらに拡大していくことが確実です。