電話の基盤技術とトレンドを知る(後編)
~音声コミュニケーションの前線では?~
メールやチャットなどが普及した現在、電話が使われる機会は少しずつ減っていますが、コールセンターや社外との業務連絡、内線通話など、音声コミュニケーションは当面の間は、企業活動において重要なメディアであり続けるでしょう。最近はIP電話の特性を活かし、コールセンターの活性化とCRM(顧客関係管理)、そして働き方改革、テレワークの安全な運用に結びつけるケースも増えてきました。
IPが活性化する電話コミュニケーション
明治23年(1890年)、東京~横浜間で開通した日本の電話の基盤技術は、その後100年間変わりませんでしたが、1990年代の10年間に、一気に刷新されました。それが、回線交換方式(CS:Circuit Switching)から、パケット交換方式(PS:Packet Switching)への移行です※。
※CS方式とPS方式については前編も参照してください。
これに伴い、通信サービスの“質”も大きく変化。例えば、それまでの電話は、通信時間と距離による課金がベースでしたが、PS方式のネットワークは、時間と距離には依存しないという特性があります。
PS方式の通信網であるインターネットのサービスも、利用者の立場では時間と距離を意識することはほとんどないでしょう。
インターネット技術を利用する「IP電話」も同様です。法人向けのIP電話は、基本的には時間と接続先に応じた課金ですが、後述する「050 IP電話」などのサービスは、同一事業者の加入者同士の通話は無料、他の事業者のネットワークに接続する際も安価に設定され、従来の加入電話とは異なる料金体系で運営されています。
IP電話のサービス体系
改めて整理すると、IP電話はIP(Internet Protocol)、インターネットなどIP方式の通信回線を利用した電話サービスです。広義では、LINEやSkypeのような電話アプリまで含むケースもありますが、ここでは固有の電話番号を設定でき、ビジネスに広く利用されているサービスを中心に採り上げます。
法人向けのIP電話は、いくつかの分類方法がありますが、汎用的なサービスとして「050 IP電話」と「0AB~J IP電話」に大別できます。両者の違いは通信機能と品質ですが、まず「050 IP電話」から見ていきましょう。
050 IP電話の一般的な特徴として、以下の点が挙げられます。
・NTTやKDDIなど通信事業者の閉域※のIP網を利用する
・同一事業者の利用者同士の通話は無料
・固定電話など他のネットワークに接続する際も料金は安価
一方、050のデメリットですが、この番号体系には位置情報が含まれないため、「110」「119」などの緊急通報には使用できません。
サービスの提供形態は、回線設備を保有する通信事業者が自社のIP網で運用する形と、サービス事業者が通信事業者のネットワークを借りて第三者に提供する形に大別できます。
※閉域:インターネットのような誰でも利用できるオープンなネットワークではなく、利用者を限定した通信網のこと
使い勝手に勝る0AB~J
0AB~J IP電話は、「03」や「06」のような市外局番が利用できるサービスで、0AB~Jとは、「0ABCDEFGHJ」のような10桁の形式を意味します。最後は順番からは“I”ですが、数字の“1”と混同しやすいため、一般的な取決めとして、“J”で代用しています。
特徴は通信品質で、遅延時間は100ミリ秒以下、電話の品質評価に使われるR値※は80以上。なお、050 IP電話は、遅延が400ミリ秒以下、R値50以上と決められています。
※R値は「総合音声伝送品質率」のことで、最高値を100として評価
0AB~J IP電話は、加入電話並の基準をクリアしないと運用できませんが、このレベルを維持できるのは、より高品質の閉域網を使うためです。“広義のIP電話”の中で、伝送路にインターネットを使うサービスは、帯域の保証ができませんが、0AB~Jのネットワークは事業者がコントロールしやすいため、一定の通信品質が維持されます。
サービスの提供形態は、通信事業者が自ら運営する形と、第三者が通信事業者から回線整備を借りて提供するパターンがある点は050 IP電話と同様です。また、料金体系も050 IP電話と同様、従来の固定電話と比較して安価に設定されています。
事業者が管理する閉域通信網のイメージ
オープンなインターネットとは別の回線網を構築
基盤技術はVoIPと優先制御
ここでIP電話をより深く知る際に頻出するキーワード、「VoIP」と「SIP」の概要を押さえておきましょう。まずVoIPですが、文字通り、音声をIPに乗せて送る技術です。
余談ですが、通信分野の人は“ブイオーアイピー”、情報処理畑の出身者は、“ボイップ”と読むことが多いようです(SIPはどちらも“シップ”)。
大まかな処理手順は、まず送信側で「VoIPゲートウェイ」などの機器を使って、アナログの音声信号をデジタル情報に変換します。次にビットパターンをIPパケットに記録し、IPネットワークで伝送。受信側ではデジタル情報を元のアナログ信号に戻し、受話器から音声を出力するという流れです。
VoIPとセットで使われる技術として、「優先制御」も重要です。IP網では、データをパケット単位でバラバラに送りますが、まっさらな状態では、リアルタイム性が要求される音声も、多少の遅延は許容できるメールも、すべて平等に“先着順”で処理されます。そこでアプリケーションを区分し、音声のような通信には“優先的に送るべし”というマークを付けて先に通すようにします。
代表的な方式に「RTP(Realtime Transfer Protocol)」があり、リアルタイム系のサービスは、RTPの他にもいくつかの制御技術を組合せて、一定のレスポンスを維持しています。
IPネットワークにおけるRTPの働き。マークがついたパケットを優先的に転送
SIPの役割は通話路のセッティング
IPはもともとデータ通信の技術で、電話のような使い方は想定していません。そのため、既存の電話網における相手の電話番号の指定、交換機での回線のつなぎ代え、着信側をコールする、といった一連の処理を実装する必要があります。これらを「呼(こ)制御」と呼び、SIPはこの部分を担うプロトコル(通信方式)です。
SIPの最大の役割は、“相手を探して機器を特定し、セション(通話路)を確立する”こと。まず機器の特定ですが、一般的なIP電話は「050」や「0AB~J」形式で番号を指定しますから、IPアドレスなどIPネットワーク上の識別情報とひも付ける処理が必要です。ここを受け持つのがSIPサーバーです。
発信時は、SIPに対応した電話機などのSIPクライアントから番号を指定し、SIPサーバーにリクエストを出すと、サーバーが番号に対応する相手を照合します。着信先を特定したサーバーは、続いてSIPクライアントをコール。着信側に着信音で報せると同時に、発信側にもSIPサーバーを通じて、呼出し中を示す信号を通知し、着信先が受話器を取ると通話が始まるという流れです。
セションが確立された後は、RTPなどのプロトコルに準拠した形で通信が行われますが、通話中は、SIPサーバーは関与しません。なお、呼制御のプロトコルは、SIPの他にもMGCP(Media Gateway Control Protocol)、H.323などがありますが、現在のIP電話サービスの多くはSIPを採用しています。
SIPの処理手順
IP電話が変えた企業の情報通信システム
現在の企業では、一般の加入電話に加えて、050 IP電話、0AB~J IP電話の導入が進んでいます。ここから先は、企業におけるIP電話とその周辺サービスの稼動状況を見ていきましょう。
ここ数十年のオフィスの電話事情は、転送や保留などの機能を備えた「ビジネスフォン」と「PBX(Private branch Exchange:構内交換機)」を軸に回ってきましたが、2000年代中期から刷新が進みました。
起点はPBXの高度化
企業の情報システムのIP化は2000年代から進んでいましたが、2010年11月にNTTが“2025年頃までに加入電話をIP網に統合する”という「PSTNマイグレーション」※の計画を発表したあたりから、音声系のIP統合も加速します。
※PSTN(Public Switched Telephone Networks):NTT東西の加入電話網のような広域の電話サービスを提供するネットワーク
第1段階はアナログ方式のPBXからIP方式の「IP-PBX」へのリプレース。
まずPBXの役割の確認ですが、大きく2つあり、オフィスの電話機を収容して、外線(NTTなどの公衆電話網)に接続する処理。もう1つは、PBXにつながる電話同士の接続で、いわゆる内線通話の設定です。
PBX(構内交換機)の2大機能。外線(公衆回線)への接続と内線同士の接続
旧来のPBXは交換処理を専用のハードウェアが担っていましたが、IP-PBXではソフトウェアの処理、例えばIPパケットを処理できるサーバーに移行することも可能になりました(IP-PBXでもハードウェアタイプが使われるケースもあります)。
IP-PBXで音声コミュニケーションを刷新
IP-PBXの回線は一般的なLANケーブルで、電話機もLANケーブルで接続します。電話専用の回線を敷設する必要はありません。高価なハードウェアと運用に専門知識が必要な従来型のPBXに比べ、初期コストと管理負担が軽減できる点は、IP-PBXのアドバンテージです。
もう1つ、IP-PBXの特長は企業ネットワークとの親和性。
音声系もIPネットワークに取り込むことで、電話とメールの記録を同じ画面で照合するなど、他のコミュニケーションツールとの連携や、通信機器の利用状況の管理などが容易になります。
多くの企業にとってコスト面は魅力ですが、IP-PBXの利点としてはインターネットとの親和性と拡張性の方がより大きいと考えていいでしょう。その理由は、詳細は後述しますが、交換機能のクラウド化による柔軟なコミュニケーション空間の設計、さらに働き方改革やテレワークの実践にもつながっていくからです。
主役はクラウドPBXへ
ここ数年、皆さんの企業でも情報システムのクラウド化が一気に進んだことと思います。中には、プログラムとデータがクラウドにあることを意識せずに使っているサービスもあるかもしれません。音声系も例外ではなく、2010年代中頃から、PBXの機能をクラウドに置く「クラウドPBX」の導入例が増えてきました。
PBXをクラウド化する利点は、社内に設置するタイプに比べ、導入に必要な時間とコストの負担が少ないことと、機能の更新はクラウド側で行われるため、サービスの追加にも柔軟に対応できる点が挙げられます。
クラウドPBXのシステム構成。交換機能はインターネット経由で利用
クラウドPBXのもう一つの大きな魅力は、情報機器を利用する場所に依存しないことです。
社内に設置するタイプのIP-PBXでは、会社の電話番号を使って発着信する際は、オフィスに在席している必要がありますが(PBXに接続されたビジネスフォンなどを使用)、クラウドPBXの動作環境では、スマートフォンが利用できます。言うまでもなく、モバイル機器は場所を選びません。
具体的には、従業員が使う1台のスマートフォンに、内線番号に加えて0AB~J番号を割り当て、会社の代表電話や部署の番号として、外線の発信と着信ができるように設定します。
働き方改革やテレワークの実践には、働くスペースを問わないこの形が適合することは言うまでもないでしょう。
CTIとの連動で新しい局面へ
クラウドPBXの新しい流れは、CTI(Computer Telephony Integration)との連携です。
CTIは簡単に言うと、コンピュータと電話、FAXなどの通信機器を連動させ、業務効率化を計るためのシステムです。
例えば、コールセンターで着信した顧客の購入履歴などをディスプレイにポップアップ表示し、より適切、タイムリーな応答ができるようにします。音声を自動的にテキスト化して情報共有し、顧客対応の質の向上に役立てるといった活用法もあり、CRM(顧客関係管理)のツールとしても重視されています。
クラウドPBXとCTIの組合せは、クラウド上に用意された豊富な機能を活用することで、企業のニーズに合致した音声系のサービスを柔軟・迅速に構築できること、そして企業側はインターネットに接続する環境さえあれば、CTIの機能を採り入れたコールセンターを導入できるなどの利点があります。
IP電話の発展形としてクラウドPBX、そしてクラウドPBXとCTIの連携は、企業の音声コミュニケーションの新しい基盤として、今後も重視されていくことは間違いないでしょう。
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