電話の基盤技術とトレンドを知る(前編)
~一気に変化した“通信の常識”~

電話コミュニケーションのイメージ

社外との連絡や内線通話、そしてコールセンターなど、企業の音声コミュニケーションには、インターネットが広く普及した2000年代以降は、主にIP方式の電話とその周辺サービスが使われています。音声の分野は専門的な用語と概念も多く、少々とっつきにくいのですが、ここで採り上げる技術の肝を抑えておくと、関連サービスの評価やネットワークの最適化を考える際に、必ず役立つはずです。

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改めて知る電話の変遷とその仕組み

初期の電話のイメージ

1890年に開業した日本の加入電話は、ほぼ1世紀を経た1996年、約6,150万の加入者をもって減少に転じました。言うまでもなく、この時期から急成長する携帯電話の影響です。しかし、携帯電話の時代も長くは続かず、固定電話のピークアウトからほぼ10年後の2007年、iPhoneの登場を機に次の時代へ移行します。

従来型の携帯電話は、通話とメールを中心とした通信端末ですが、iPhoneに代表されるスマートフォンの構造はコンピュータに近いものです。インターネット通信といろいろなアプリを利用する機能の1つに電話が載った情報機器と位置付けられ、私たちの電話との接し方、そして電話の歩みという点では、大きな転換と言っていいでしょう。

従来型の携帯電話とスマートフォンの出荷台数は2011~2012年に逆転し、世帯普及率では2016年にスマートフォンが携帯を上回ったとされています。

明治時代から百数十年、日本の経済と社会生活を支えてきた電話サービスですが、1990年代中期からのほぼ10年、電話の歴史からみると極めて短い期間のうちに、通信の“常識”は一気に変化しています。

現在、私たちが交わしている多様なコミュニケーションは、この急速な変化の中で基盤が作られたといっても過言ではありません。

今回は、急変した電話と通信の足跡を簡単に振り返りながら、今日の電話コミュニケーション、音声ビジネスの基盤を形成している要素技術を解説します。

電話の基盤技術は“交換”

電話の使命は、ダイヤル(プッシュキー)で相手を指定すると、“すぐにつながること”、そして回線がつながったら“一定の通信品質を保つこと”。1876年、ベルによって電話が発明されて以来、この2つを追求し続けることで、電話と通信の世界は発展してきました。

黎明期の電話は利用者が限られましたが、広く社会に普及するには、大勢の加入者の中から特定の相手を瞬時に選別し、通話路を確保する方法を確立しなければなりません。これが通信の分野で“交換(スイッチング)”と呼ぶ手法、回線をつなぎ代える技術です。

電話交換機のイメージ

NTT東西の「加入電話網」に代表される固定電話は、回線交換(CS:Circuit Switching)と呼ぶ方式が使われています。

CS方式の特長は、“すぐつながる”、“一定品質を保つ”の2原則を満たすこと。

いったん通話路(個々の利用者に割り当てる時間や周波数帯域)を確保できれば、通信の品質は保証されます。その一方、交換機に収容できる回線数は決まっているため、容量を超えた通話は処理できません。

回線交換方式(CS)のイメージ

【交換機が両端の端末を接続。利用者ごとに割り当てる時間か周波数帯域は占有】

CSと並ぶもう一つの交換方式がパケット交換(PS:Packet Switching)。PSには、CSの交換機のようなハードウェアはなく、パケット交換機という構造が異なる装置が使われます。パケット交換は、データをパケット(「小包」などの意味)の単位で区切ってネットワークに送り出す方式で、パケット交換機はパケットをいったん蓄積し、宛先や順番などを示す制御情報から送信先を判断する役割を担います。

パケット交換方式(PS)のイメージ

【パケット交換機能がいったんパケットを蓄積し宛て先を見て回線に送出】

IP電話のIP(Internet Protocol)、インターネットの通信方式もパケット交換方式の一種です。IPネットワークでは、パケット交換機の役割、パケットの宛て先を見て転送する機能は、「ルータ」と呼ぶ装置が担います。IP電話の場合、電話番号に相当するIPアドレスなどの情報から着信先を判断し、複数のルータを経由してデータを転送します。

ルータの動作イメージ

通信の常識を否定し新時代へ

新時代の電話コミュニケーションのイメージ

繰り返しになりますが、伝統的な電話であるCS方式は、瞬時につなぎ、回線を占有して一定の通信品質を保つことがその使命でした。一方のPS方式は、この2つを捨てたことで発展したネットワーク技術です。接続に要する時間と品質は「ベストエフォート」=「努力はするが保証はしない」と割り切り、回線や交換機、ルータなどの通信システムを共有することで、より多くのユーザーが、より安価に通信手段を確保するためのスキームです。

それぞれの生い立ちは「通信」と「情報処理」という畑違いのもの。つまり、CSは電話、PSはコンピュータのデータ通信から発展したもので、技術的な特性はまったく異質であり、水と油と言っていいでしょう。

IP電話やSkype、LINEのようなツールは、水と油を混ぜ合わせて調合する技術の成果とも言えるのです。

音声のようなリアルタイム性が求められる通信を、ベストエフォートのネットワークに乗せるには、いろいろな技術の開発と成熟が必要という点は想像に難くないでしょう。

1990年代以降、この分野が急速に進展した結果、音声コミュニケーションの領域もPSを基盤としたネットワークに主戦場が移ったというわけです。

歴史的役割を終えるCS

総務部など、電話に関わる部署に所属されている方は、「PSTNマイグレーション」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。

PSTN(Public Switched Telephone Networks)とは、NTT東西の加入電話網のような広域のサービスを提供するネットワークのこと。PSTNマイグレーションは、CSの交換機で構成されたNTT東西の加入電話網を、PS方式の電話(IP網)に統合していくという一大プロジェクトです。

PSTNマイグレーションのイメージ

【CS網をIP網に統合】

CSは歴史的役割を終えようとしているのですが、一気にネットワークを張り替えることはできないので、一定期間CSで動く部分は残ります(統合は2025年頃)。

またCS方式は100年以上かけて磨き上げた技術体系で、ネットワークの階層化や接続制御に代表されるシステムと技術は、PSへの移行後もSIP※などのプロトコル(通信方式)に引き継がれていきます。

※SIP=Session Initiation Protocolのこと。詳しくは後述

そこで電話の基盤技術として、現在のネットワークにも通ずる考え方とキーワード(「」で示します)、今後も機能していくと思われる要素技術に絞って、CSのポイントを整理しておくことにしましょう。

CSの要は階層構造と呼制御

CS方式の代表的なサービスはNTT東西の「加入電話」で、すべての電話系サービスの手本になったものです。技術面のポイントは、ネットワークの「階層構造」と「呼(こ)制御」。

まず前者の「階層構造」ですが、これは全国に隈なく配置した交換機を縦横につなぐネットワークで、瞬時の着信と一定の通信品質の確保を実現します。

交換機のネットワークは大きく2層構造で構成されています。

一つは、加入者と最寄りの局をつなぐ加入者交換機、もう一つは局間をつなぐ中継交換機です(実際はもう少し多層の構造です)。発信側が「発呼(はっこ):コール」すると、加入者交換機が着信先の番号情報を受け取り、最適な経路を設定して2地点間をつなぐという仕組みです。

CS方式の電話を接続するイメージ

【CS方式の交換機のネットワーク構成。発呼した情報は交換網をリレー】

通信ネットワークには、1台の交換機を中心にすべての端末を星状につなぐ「スター型」と、すべの通信機器を直接つなぐ「メッシュ型」があります。それぞれ一長一短あって、ケースバイケースで使い分けらますが、NTT東西の加入電話網は、加入者と加入者交換機はスター型、中継交換機間はメッシュ型を基本として構成されており、2つを組み合わせた形態と言えます。

ネットワーク形態の例

【ネットワーク形態の例。加入電話網ではスター型とメッシュ型を中心に構成】

共通線信号が高度サービスも実現

先ほど、発信側からコールすると、交換機が着信先の番号情報を受け取って、回線を設定すると記しましたが、もう少し踏み込んで、“回線を設定する”までの手順を考えてみると、実はそれほど簡単ではないことが分かります。

まず加入者交換機では、どこの地域が指定されるか予測はできません。転送先を判断する基準は、キッチリ体系化された電話番号ですが、コールを受けた加入者交換機では、番号から次につなぐ交換機を判断します。加入者交換機は管内の端末につなぐか中継交換機に引き継ぐかを判断し、中継交換機は次に渡す交換機を探す……。このようにバケツリレー式で番号情報を引き継いでいけば、2地点を結ぶ通信路は設定できます。

交換機がデータをリレーするイメージ

しかし、電話交換機が逐一、番号情報から接続先を判断していると、個々の交換機にかかる処理が重くなり、エンド~エンドの瞬時の回線設定は難しくなります。

そこでCSの通信網では、音声を通す帯域とは別に制御用の回線を用意して、接続をコントロール。

この回線を「共通線信号網」、方式を「共通線信号方式」と呼んでいます。

NTTの電話網では、1990年代の初頭から「№7 共通線信号方式」※の導入が進み、1995年に全国の電話交換機の電子化(「時分割方式」のデジタル電子交換機へのリプレース)が完了すると同時に、本格稼動しました。

この方式が整備される以前は、番号情報はバケツリレー式の転送が主体だったため、送信側と着信側をつなぐまでに少し時間がかかり、電話番号の他に情報はほとんど送ることができませんでした。

制御信号を音声とは別回線で処理するようになった結果、迅速な接続制御と同時に、ナンバーディスプレイやボイスメールなど、今日につながるいろいろな付加サービスが実現したことは周知の通りです。

※「No.7 共通線信号方式」
ITU-T(国際電気通信連合の電気通信標準化部門)を中心に標準化された共通線信号方式の1つ。実験段階の方式から世代を重ね、「No. 6 共通線信号方式」から、世界の電話会社に広く採用されるようになった。現在はNo. 7が主流。SS7と呼ばれることも多い。

共通線信号方式のイメージ

呼制御はSIPが受け持つ

加入電話網(CS方式)から主役の座を引き継ぐPS方式の電話でも、瞬時につなぐ、一定の通信品質を保つという特性は、維持しなければなりません。加入電話の使い勝手に慣れた社会に、実用的な通信手段として受け入れてもらうには、CSとまったく同じとまではいかなくも、それに近いレベルは確保する必要があるのです。

CSとPS、双方の特性を組み合わせるには、いろいろな工夫が必要ですが、基盤技術として、音声をIPパケットの形式で運ぶ「VoIP(Voice Over IP)」、接続制御を担う「SIP(Session Initiation Protocol)」が挙げられます。内容は後編でも採り上げますが、今回の記事と関連性が深いSIPについて、簡単にその役割を補足しておきましょう。

IPネットワークで加入電話網のようなサービスを提供するには、電話交換機が担う処理、具体的には、リレーする交換機の指定、着信先の特定、相手の電話機をコール(着信音を鳴らす)といった一連の処理が必要ですが、SIPはこの部分を受け持ちます。

一般的なIP電話では、電話番号で相手を指定するため、番号から着信先のIPアドレスなどの識別情報とひも付ける処理が必要ですが、これを担うのが「SIPサーバー」です。

後編では、「050 IP電話」や「0AB~J  IP電話」などIP電話の全体像、VoIPとSIPの仕組み、加えて新しい方式として交換機の機能をクラウド側に置く「クラウドPBX」と、電話とコンピュータを組み合わせてより高度な処理を行う「CTI」を中心とした企業情報システムにおける音声コミュニケーションの新しい形までを採り上げます。

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